2025-06-12

連載|2025野辺山ウルトラマラソン挑戦記【前編】

斎藤健一郎さんが一人でチャレンジしはじめた、野辺山ウルトラマラソンも今年で4回目。昨年95㎞地点で無念のタイムオーバーとなった香取啓介さん、42㎞部門だったぼく(川合英二郎)は100㎞に階級アップ、健一郎さんとともに再チャレンジ。そして今年は、4人の新しい仲間が加わった。

・横井克尚さん:朝日新聞ポッドキャストのリスナー。健一郎さんに憧れ過ぎてエントリー?
・小島浩史さん:ぼく(川合)の大学の後輩。誘ったらちょうど良かったとエントリー
建築家の木戸 扶紀子さんは、ほくほく新年会に参加し、勧誘圧に屈してエントリー
・羽鳥和洋さんは香取さんの高校同期。香取さんの紹介でほくほくランメンバーに強制追加

ランナーが7人に増えたことで、公認サポートメンバーも増員、毎年のようにサポートを引き受けてくれる永田一庸さんに加えて、菊地光彦さんが加わった。

東日本最難関と言われる野辺山ウルトラマラソンについて

毎年、若干のコース調整はあるようだが、2025年度は、映画『名探偵コナン 隻眼の残像』で爆破された(ことになっている)野辺山の天文台の周りを走り、八ヶ岳の林道に入り、小海に抜け、北相木、南相木を通って、馬越峠を越え、100㎞走って野辺山に帰ってくるというコースだ。2300m高低差あり、前半に林道ありと、体力だけでなく戦略も問われる。

1995年に始まり、東日本大震災のあった2011年、コロナ禍の2020年、2021年以外は毎年開催され、長い歴史がある。100㎞以外に68㎞、42㎞と短め(?)に設定された種目もあり、参加者は毎年2,000人を超えている。

 

大会まで6か月

2025年度のエントリー開始は11月8日でした。2万2千円と高めのエントリー費用は、走る前の第0関門だ。早目にエントリーするともらえるNORTH FACEのTシャツが関門突破の後押しをしてくれた。

山登りで出会った女性に「自分も去年出場してました。」と言われたことが1度ある。また、他のマラソン大会で野辺山ウルトラマラソンのTシャツを着ている人がいると、「おっ、出たのか」となる。日々の練習ランで、野辺山ウルトラマラソンのTシャツを着ていても、誰も気づかないかもしれないが、少し背筋が伸びる。

エントリーから大会まで約半年あるため、お互いにアスリート用アプリ“Strava”で日々のトレーニングやラン、マラソン大会出場の結果を投稿した。また大手町のランステに集合し、皇居ランも何度か一緒にやるうちに、「俺だけは完走してやろうと」という気持ちから、仲間と完走の感動を味わいたい気持ちに変わっていった。

ランステを使ってランの練習ってほくほくっぽくないけど、楽しい。

しかし、3月にピンチが訪れた。香取啓介さんは静岡マラソンで余力を残して3時間40分で快調に走り切るも、アキレス腱炎を発症し、そこから2か月、ほとんど走れなくなった。

東京勤務の小島さんは、4月から急遽単身赴任で北海道・稚内転勤となる。会場の野辺山よりもロシアに近い。本当に会社を休んで、大会に来られるのか心配になった。

そして、健一郎さんは、減量に失敗。

「減量しよう、減量しようってずっと思ってるのに、気づいたら食べている。おかしいよ。たぶん、脳を寄生虫に支配されてる」と駄々っ子の如し。3月に訪れた虫草農園のわたなべあきひこさんが、「自然界では寄生虫が宿主の脳をコントロールすることが知られているが、人間も寄生虫により行動が変わることがある」という話を、自分に都合良く解釈しているな。

ほくほくプロジェクトを始める前の5アンペア生活で、電気料金のダイエットに挑み月の電気代170円を無理なく、楽しく達成した時のようにはいかないようだ。

それぞれになにかしら抱えての野辺山ウルトラマラソンに挑むことになった。

幸せそうな健一郎さん。「ぼくの意思じゃない」って言うのかな

 

雨か、晴れか

100㎞は距離が長いだけでなく、屋外にいる時間が長いので、天候の影響を強くうける。暑くなれば熱中症対策が必要だし、雨になると厄介だ。平坦なところがほとんどない上に、林道が多い。路面がぬれていると転倒リスクが高まるため、マラソンシューズで行くか、滑りにくいトレランシューズで行くべきか、防水対策をどうするかは悩みどころだ。

今年の3月16日、横井さんはさいたまマラソン、ぼくは板橋シティマラソンで風雨に苦しめらた。雨対策の重要性は、ぐしょぐしょなった身に染みついているのだ。

「エンジェロ―(ぼくの通称)、冷感ひんやり極寒タオル買いました」
「やっぱり雨には(100円均)ポンチョですかね」
刻々と変化する天気予報に合わせて、横井さんからのLINEも変化していった。

結局、大会までの日数が5日を切ると、予想気温が高くなり、雨の心配よりも熱中症対策に作戦変更をよぎなくされることとなった。

今回の学びは
「天気予報は変わるから、直前準備しかない」

 

マラソン前日

健一郎さんとぼくはオフグリッドハウスを研究テーマにしている大学生の対応のため、前日からほくほく入りしていました。当日午後になると、静かだったほくほくに続々と仲間がやってきた。

香取さんは昨年、野辺山ウルトラ前夜のほくほくを「まるで勇者の砦」と表現しましたが、今年は「合宿所」そのものです。靴にマーカーをつけ、シャツにゼッケンをつけ、補給食や飲み物のチェックに余念がありません。また、プロバスケチームのトレーナー歴のある金子潤さんがボディメンテナンスのためにわざわざかけつけてくれた。

健一郎さんから「なんかデータ的なものがあったら準備しておいてよ」と頼まれていたので、ぼくは昨年の完走者の10キロ毎の通過タイムデータを仲間に送っておいた。

そこから見えてきたのは、まず42㎞地点の関門を5時間30分以内に通過しないと、完走の確率がぐっと下がること。

「英二郎さんがそんなデータ作るから、希望を絶たれた気分だよ」と健一郎さん。42㎞地点までに1000m以上の登りがあるのだが、減量に失敗している健一郎さんにはこのタイムを出すのは容易ではない。

そして、扶紀子さんも、「私は目標54㎞だからね」と、完走に消極的な発言を繰り返す。アドベンチャーレースに出場し、1日おきに12kmのランニングをルーティンにしてはいるものの、32㎞以上走ったことがないというのが理由だ。

ぼくも、後脛骨筋炎の治療中だった。走る前からあきらめはしないものの、自分は完走できないかもという気持ちになっていた。

しかし、他の4人はそれぞれペース配分など、しっかりシミュレーションをしている。また、54㎞リタイア宣言の扶紀子さんの地図にも100㎞ゴール地点までのコースとペース配分が事細かに書き込まれていた。やる気あるんじゃん。

リタイアするよりは完走した方がいいに決まっているよなと、自分の折れかけた気持ちが再びすーっと持ち上がっていくのだった。

「去年スライドのところで、ちんたらしちゃったからな」コースの95%を知る香取さんの言葉に耳を傾ける横井さん

勝負飯

消化が良く、糖質・アミノ酸・ミネラルがしっかり補給できるもの。
“マラソン 前日 食事”でネット検索すると、いろんな情報が飛び交っている。

ほくほくでご飯を作るのが趣味なので、メニューをスパゲッティ・ボロネーゼと肉うどんに絞り込み、肉うどんにした。ほくほくのイベント、「奈朱香バー」のおでんの出汁の香りを思い出したからだ。最終的にはChatGPTに相談し、肉うどんにニラ玉を追加。さらに“健一郎”にちなんで、「ケンちゃん豆腐」もメニューに追加。香取さんは“簡易トイレソムリエ”と呼ばれるほどお腹がデリケートなので、豆腐にはみそだれをかけて乳酸菌も補給できるように工夫した。

時間がなかったので、麺は冷凍のものを使用。事前に「何玉食べますか?」と仲間にLINEで聞くと、「2玉」「1玉」「3玉」と次々に返信が届きましたが、結局面倒になって、どかっとまとめて茹でることにした。誰が何玉食べたか、もう分からん。

「みんなと完走するんだ」という想いを込めて、カツオと昆布でとった出汁に、無添加の醤油とみりんを合わせ、つゆは朝から仕込んだ。皆には言っていないが、卵は放し飼いのもの、ニラは自宅で育てた無農薬のものを使用。優しい気持ちでご飯を作れば、全員が完走できるような気がしていたのだ。

でも、マラソン中に飲むエナジーゼリーは、カタカナ満載、添加物バリバリなんだけどね。

止むことのない「ずず~、ずず~、英二郎さんうまいわ。最高だわー」の声に、どや顔のぼく

 

どれだけ睡眠をとれるか

消灯は21:00。睡眠はランニングのパフォーマンスに影響する。ぼく、ほくほくで寝るか、車中泊にするかとても迷った。

ほくほくの換気システムはCO2濃度が上がると、換気量があがり、ファンの音が大きくなる。自分がほくほくで寝ると、ファンの音や、夜中のトイレの足音で起きてしまうかもしれない。でも、車中泊も狭くて熟睡は難しい。どちらを取るか、迷いに迷った。

結果的に、車中泊を選び、健一郎さんはいつも通り、別棟(軽トラキャンピングカー)に寝に行いった。

谷の向こうの国道141号から時々聞こえる改造車の排気音、外灯の光が気になり、なかなか寝つけない。インスタを見て気を紛らわせていると、いつの間にか眠りについていた。

 

さあ出発

2:45に目が覚め、1分でも体を休めようと思い、スマホのアラームが鳴るのを待った。短い睡眠時間でも、ダルさはない。ほくほくに行くと、歯磨き、トイレ渋滞を大人の配慮でかわしつつ、皆着々と準備をすすめていた。

あたりはまだ真っ暗。3:40に予定通り永田さんと菊地さんの運転する車2台に分かれて、会場へ出発した。走るぼくたちだけでなく、サポートの2人にとっても長い長い一日の始まった。

永田さんはわざわざホテルに泊まって、ぼくたちを迎えに来てくれた

国道141号線で清里を抜け、野辺山に近づいても車は少なく、「今日ほんとに大会?」「時間、間違えてないよね」と、ちょっとドキドキした。コースにあたる鉄道最高地点を過ぎて、スタート地点にの野辺山の方向を見ると、真っ赤なブレーキランプが無数に光っている。まるで『風の谷のナウシカ』に登場する怒ったオームの目のようだった。

“時間間違え”のドキドキから、“いよいよだ。忘れ物はしてないよな”そんな緊張感へと変わっていった。

 

ぼくたちは5:10スタート

野辺山ウルトラマラソンには、約3,000人が参加します。一度に全員が出走することはできないため、スタートは2組に分かれている。WAVE1が4:50、WAVE2が5:10。ぼくたちは全員、WAVE2だった。

WAVE1の走者を見送りながら、トイレの長蛇の列に並んでいたところ、ぼくは仲間とはぐれた。LINEで居場所を聞こうとスマホを取り出したその時、菊地さんがぼくを見つけて声をかけてくれた。

「えいじろう~、えいじろう~、キリンの近くにみんないるから」

IT系の管理職である菊地さんは、ぼくの理解力と状況を即座に判断し、必要な情報だけを簡潔に伝えてくれる。この冷静さと的確さに、いつも助けられている。

扶紀子さんとキリンさん。ぼくはキリンさんがマラソン中に右手に持っているケロリンとともに温泉に入っているのを見たような気がする

扶紀子さんがLINEで「キリンの近くにいます」と全員に発信していたのだ。野辺山ウルトラマラソンは長身、かつキリンの着ぐるみを来て毎年出場している人がいる。マラソン参加者たちは色とりどりのウェアを身にまとい、まるで一枚のコラージュのよう。その中から、仲間を見つけるのは一苦労だが、キリンさんは、遠くからでもすぐ見つけられる。用を済ませてキリンさんの方に歩いて行くと、全員そろっていた。(キリンさん、来年はぜひ会場で挨拶させて下さい)

間もなくWAVE2のカウントダウンが始まる。道路2車線分いっぱいに広がりつつも前の整然と並ぶ走者たち。10、9、8、7、6・・カウントダウンが始まり、じりじり前の人に触れるギリギリまで間隔を詰める。スタートの号令で、ぎゅっと縮んだ1500人の塊が、ゲートから吹き出した。

スタート直前。この緊張感も仲間といると本当に楽しい

 

スタートのゲートを通過すると、靴につけたICタグを計測機が読み取り、ぼくたちが通過したことがネット上に公開される。
さあ、野辺山100kmの長い旅路が始まりました。(後編へつづく)

川合英二郎


補足の写真です。

サポーターの2人。菊地さん(左)は波乗りにはまり、永田さん(右)は海外旅行と山登り三昧。自分の趣味を封印し、応援に来てくれた

 

「後脛骨筋が緩んでるからその補強をします。」と金子潤さん。ぼくは傷めている足首の補強をお願いした。来年の野辺山ウルトラ前日は、全員分の調整をお願いしたいなあ

 

大量のかつお節と昆布で出汁をとって作った肉うどん

 

小島さんのペースノート。野辺山の1か月前に開催された富士五湖ウルトラマラソンも完走しているベテラン

 

皆、自分用の荷物をバッグに入れて、永田号にあずける

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